2010年11月19日

連載開始!第1話 はじめに・・・高尾淳のパキスタン紀行

アクラム・ペールワンの呪いか!猪木の奥さんも目を突かれ負傷していた

pakistanlogo2

第1話 はじめに

  1993年。湾岸戦争真只中、私はパキスタンを目指して成田空港を飛び立った。と、言っても、イラクに対してイランを挟んだ位置にあるパキスタンに、戦争の影響を感じさせる情報は全くなかった。
  パキスタンに向けて飛び立ったボーイング機は、マニラ、バンコクと経由をし、約一〇時間をかけて、目的地のカラチに到着をした。

 そして、最初の試練が待ち構えていた。
 
 ベルトコンベアーに乗せられて、乗客の荷物は降ろされてきた。トランクから段ボールに入った荷物まで、グルグルと回るベルトコンベアーの上を回転していく荷物。私も、自身のトランクを待ちながら、この旅の行く末を案じていた。

 そして、待つこと三分。やっと、私の荷物らしきトランクが見えてきた。シルバーのトランク。遠目にも、私のトランクであることを確認することが出来た。
  だが、何かがおかしい。私の物と思われる、シルバーのトランクだけが、通常の状態ではない――なぜか開いたままの状態で、送られてくるではないか……。

  この情況を理解の出来ないままに、私は口の開いたトランクを見つめるしかなかった。私の前を通り過ぎていく――私の物と思われるトランク。頭の中で、なぜ、そういう状況で出てきたのか……理解の出来ないままに、二周目も通過をしていった。

  さすがに二周も目の前を通過すると、私のトランクであると認めるしかなかった。形状、成田空港で取り付けられた札番号、どれを見ても私のトランクであることに間違いはなかった。
  三周目にトランクが周ってくると、私は諦めの境地で、トランクを抱きかかえた――開いたトランクの取手を持つことなど不可能であったから。
  そして、床にトランクを置くと、期待をしないで中身を確認する作業に入った。「あれも無い、これも無い」という状況ではない。残ったものを確認するのに、多くの時間を要しなかった。

  トランクの中には、商売道具の柔道着が一着……ポツンと、身を横たえていた。その他の所持品は全て見当たらない。なぜ、二着持ってきた柔道着の、一着だけが残っていたのか、未確認のままである――確認のしようもないのだが。

  パスポートと現金は、ウエストポーチに入れていたので盗まれることはまず考えられない。異国の地パキスタンで、私に残されたのは、パスポートに現金、そして、一着の柔道着。生きていくために、必要最低限のものは残っていた。

  楽観的な性格から、「まあ、何とかなるか!」と、入国審査を受けるために、空港内を移動していた。
  普通はここで、紛失届を警察に出すのだろうが、私はその行動に出ることはなかった。何故ならば、私の語学力が警察を相手に、失われたもの全てを伝きれるほどの能力を有していないと、自ら認めていたからだ。  

   警察では、どのような手続きがあるのかさえわからない。だが、カメラに時計に、多数の衣服類。果ては、ポケットティッシュに非常食の「佐藤のごはん」。「チキンラーメン」に至るまで、全てを伝え、その後書類に目を通してサインをする作業を考えると、これも運命だと思いこみ、諦める方が精神的には楽だった。
  飛行機から降ろされた荷物の中身が盗まれるということは、ほぼ一〇〇%、空港職員の仕業であることは間違いない。

 「何があっても驚くなよ!」

  行く前に、諸先輩方に言われたその言葉。パキスタンと聞いて、何があっても驚かないと覚悟をしていたつもりだが、これほどまでの洗礼を受けるとは……。
  
  もう、油断はしないと決意をしていたのに。
  ホテルでは毎日盗難にあい、衣服から日用品まで盗まれる有様。
  ホテルのフロントに訴えるものの、「わからない」の連続。
   バスに乗れば、窒息寸前まで満員に詰められ……バスを拒否してタクシーに乗れば、ドアがない。「開放的!!」と、叫んだこともあった。
  何を食べても……高級レストランで食事をしても、毎日が下痢。
  ナショナルチームなのに、選手はやる気があるのかないのか、時間通りに集合する選手など皆無。日本のように、時間厳守という概念が全くない――いや、あった。練習終了の時間だけは厳守をしていた!
  畳がない!マットはあるものの、砂漠の砂が吹いてきてマットの上は砂でザラザラ。練習を終えると、なぜか柔道着が砂で真っ黒に汚れている。
 
  町を歩けば自動小銃の中を潜り抜けるような毎日。ホテルにあった宝石店も強盗に襲われ、夜空を眺めて流星かと思えば銃弾の閃光。
  高級ホテルなのにシャワーは水で、国際電話なんて全く通じる気配さえない。買ったミネラルウオーターを飲んでも、なぜか腹を下し、マイルドセブンを買ったのに、味は全く別物。
  ジュースの瓶の口に、直接唇をつけては駄目だと言われ……疑問に思いながら口をつけたら腹を下し。トイレに行っても、ペーパーなど全くなかった。

  町を歩けば物乞いが列を成し。「どこから来た?」と聞かれたら、「北京」と言っていた。「ジャパン」と言った瞬間に、襲われるか誘拐されると、真剣に思っていた。

  そんなパキスタンでの二か月。柔道ナショナルチームのコーチとして派遣されたのに、異種格闘技戦まで?

  そんな二か月の物語。少々、お付き合いいただければ幸いです。

※毎週水曜更新。次回11月24日(水)更新予定となります。

【高尾淳(たかおあつし)プロフィール】
1960年代後半生まれ。証券会社勤務を経て、現在は、関東地方の私立高校教師にして生徒指導部長。つくばユナイテッド柔道のコーチも務める。1994年に故ジャンボ鶴田、2010年には小川直也の家庭教師を務め、筑波大大学院へと導く。同級の小川直也とは公私ともに交流を持つ間柄。著書に「パニックマン〜ある体育教師のパニック障害克服記」(新潮社)、「ジャンボ鶴田☆三度目の夢」(ミルホンネット)等がある。

panicmanパニックマン 高尾淳著
ある体育教師のパニック障害克服記

飛行機や新幹線に乗ると襲ってくる「空間に押し潰される!」という恐怖。深刻でありながらもどこか少しユーモラス。「パニック発作」との6年に渡る攻防を、あえて軽妙に描いたエンタメ・ノンフィクション!

強面の生徒指導部長にして豪腕の柔道家。ストレスを溜め込む性格だという自覚は皆無。そんな体育教師が、突然、意外にもパニック障害になってしまった!?男は立場やプライドのために自分が不安と恐怖で飛行機や新幹線等に乗れなくなったことを隠し続けるが、あるとき、一種の責任感からパニック障害と向き合い、この疾患を克服しようと決意する―。その過程を軽妙に描いた体験録。

三度目の夢ジャンボ鶴田☆三度目の夢 高尾淳著
【ジャンボ鶴田から大学院生、鶴田友美への転身時に一番側にいた人物、高尾淳さんの書き下ろしノンフィクション。リング上からは想像もできない普通の大学院生のジャンボが見られます! 読むにつれ、当時のジャンボの様子が走馬灯のように思い出されました。 鶴田保子】

◆ジャンボの後は任せておけ!
高尾は俺に、「ジャンボ鶴田の再来」というが、俺は俺だから、ジャンボ鶴田を意識することはない。だが、「三度目の夢」を読んで思ったよ。四十三歳は、人生の下り坂ではないと。 偶然、ジャンボ鶴田と同じ道を歩むことになったが、俺はジャンボ鶴田を超える気でいる。絶対に負けるつもりはない。 だが、同じ大学院の先輩に対して、敬意をはらって言いたい。「鶴田先輩に開いていただいた道を、大事に歩みたいと思います」と。 推薦文・小川直也

INOKIbombaye2010_top_o

闘魂マフラータオル

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
オリジナル・チャンピオンベルト製作
〜トロフィーに代わるニューアイテム!〜
【チャンピオンベルト使用用途ベスト3】
1位 ゴルフコンペの優勝者へ
2位 結婚祝いへのサプライズプレゼント
3位 送別会での送り物
〜イベントが必ず盛り上がる!使い道、自由〜
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
抱き枕ならお任せ!オリジナル抱き枕
〜自分だけの仲間だけのオリジナルウェア〜
【オリジナルプリント専門ショップ】
Tシャツ/トレーナー/帽子/マグカップ
キーホルダー/のぼり/ストラップ
タオル/マウスパッド/クッション
バッジ/キーホルダー/ステッカー
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


abc123da at この記事を人気ブログランキングに投票22:17コメント(0)トラックバック(0)  mixiチェック
高尾淳のパキスタン紀行 

トラックバックURL

コメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価:  顔   星
 
 
 
熱血道
最新記事
T1honmei
猪木主演映画「ACACIA」
第22回東京国際映画祭出品作

◆「ACACIA」DVD発売中◆

「ACACIA」
アントニオ猪木
パチンコ、パチスロ機
猪木が猪木をぶっ壊す。
Categories