ビル・ロビンソン

IGFニュース
5月12日(金) 奥田啓介、谷嵜なおきサイン会開催! NEWオープニングシリーズ 栃木県総合文化センター・サブホール!!(IGF公式サイト)

2014年03月05日

人間風車の継承者・IGF鈴木秀樹「俺はプロレスをやりきる」

「INOKI GENOME FIGHT 1」14.4.5両国国技館

今日の東スポ1面はロビンソンさんです。
東スポ140305

ニュース的には1日遅れですけど、1面に持ってきましたね。

それだけ偉大で日本のファンからは愛されたレスラーでした。

たぶん、レスラーが亡くなって1面になるのは三沢選手以来じゃないですかね?

外人選手ではアンドレ以来か?

紙面では猪木さん、天龍さん、宮戸さん、大仁田さんのコメントが載っています。

これまで数多くの日本人選手を指導してきたロビンソンさんですが、中でも最後の弟子となったのが鈴木選手。

その鈴木選手も追悼コメントを寄せています。

訃報はジョシュからのメールで知ったそうです。

鈴木選手のコメント 
「今朝、ジョシュ・バーネットからのメールで訃報を知りました。正直、まだ実感が湧いてこないです。特に格闘技経験のなかったボクに基礎を叩き込んでくれました。練習は、1つの技を覚えるのに、とにかく何度となく反復練習が続くスタイルで『Do it again!』の言葉が忘れられません。デビュー戦(2008年11月)の後、落ち込んでいたら『You are my hope』と言ってくださった。あの言葉があるから、今もプロレスラーを続けられているのかもしれません。ご冥福をお祈りします」

宮戸さんによると今月25日にロビンソンさんは来日予定で国際電話で話したばかりだったそうです。

本当に残念ですね。

でも、あの猪木×ロビンソン戦の名勝負はこれからも語り継がれていくでしょう。

詳細は紙面にてご確認ください。→最新情報/プロレス人気ランキング

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2014年03月04日

IGF猪木議員がコメントを発表「75年の試合は今でも思い出」


ロビンソンさん訃報を受けて鈴木選手がツイート。

短い言葉ながら、その心中は察するに余りある。

ロビンソンさん最後の弟子と言ってもいいのが鈴木選手ですからね。

次の4・5両国大会でのカードは未定ですが、ロビンソンさん直伝の人間風車は見られるか。

030400


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訃報・アントニオ猪木議員と名勝負の“人間風車”ビル・ロビンソン死去

現地時間の3日、ビル・ロビンソンさん(享年75歳)がアーカーソン州リトルロックで亡くなったそうです。寝ている間に息を引き取ったとのこと。

ロビンソンさん逝去について猪木さんとIGFがコメントを発表しました。
ビル・ロビンソン氏の逝去につきまして(IGF公式サイト)

アントニオ猪木と1975年に伝説の勝負を行った、
人間風車こと、ビル・ロビンソン氏が逝去されました。
生前、GENOME大会の立会人も務めて頂きました。
故人のご冥福をお祈りするとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。
イノキ・ゲノム・フェデレーション株式会社

猪木さんのコメント
「我々と激戦を繰り広げた選手の旅立ちを見送るのは大変辛いものです。75年の試合は今でも思い出に残っております。故人の冥福をお祈りするとともに、謹んでお悔やみ申し上げます」

もう一度日本に来ると思ってたから非常に残念です。

最後の来日となったは2012年9月。

帰国する際にロビンソンさんは猪木さんにメッセージを送っていました。
今日、帰国のビル・ロビンソンが猪木IGFにメッセージ

ロビンソンさんのコメント
「レスリングこそ最も古くからある最強の格闘技だ。ゴッチが猪木に教えたことは素晴らしいこと。それを伝えていくことは大事だ」

心よりご冥福をお祈りします。


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“燃える闘魂”アントニオ猪木議員と“神の手を持つ外科医”天野篤教授の対談が書籍化

訃報です。

那嵯涼介さんがツイート。

これは寂しい。

猪木さんとは1975年暮れにたった一度の対決が実現。

かつてはIGFスーパーバイザーとしてIGFの会場にも来場しました。

鈴木選手はロビンソンの弟子でもあります。

僕はここ最近ロビンソンのビデオを見まくっていました。

詳細は不明ですが、わかりしだい追って書きます。


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2012年09月17日

IGFサイモン猪木取締役がバンナ仮病疑惑を完全否定「バンナが他団体出場?あり得ない」

「GENOME22」12.9.29愛知県体育館
「GENOME23」12.10.16東京ドームシティホール

大スポによりますと、今日帰国したビル・ロビンソンがIGFでプロレス再興に力を注ぐ猪木さんにエールを送ったそうです。

0917
ロビンソンのコメント 
「CACCの奥義はいかに自分の力を使わずに技術と知識によって戦っていくか。レスリングこそ最も古くからある最強の格闘技だ。ゴッチが猪木に教えたことは素晴らしいこと。それを伝えていくことは大事だ」

猪木さんの話となると、ロビンソンは興味津々になるそうです。

ロビンソンは自伝で猪木さんを初めて見た時の印象を書いています。

0917
ビル・ロビンソン自伝「人間風車」より     
コクサイ時代にゴッチと会うとよく聞かされた名前、それが「イノキ」だった。「イノキがいまのジャパンでナンバー・ワン・レスラーだ」ゴッチは私にそう言っていた。その後、テレビで何度か彼の試合を見た。ゴッチが教えている影響もあったと思うが、ジャパンのレスラーでありながら、私は同じヨーロッパのレスラーのような印象を受けた。ただ、その時は特に闘ってみたいと思ったわけでもなく、ゴッチとの会話に出てくる「ゴッチのボーイ」という思いしかなかった。そんなイノキがぐっと近づいたのは、たしか'71年から’72年のことだった。「イノキの団体に参加しないか?」イノキが新しく団体を始めるということでゴッチから、たしかシナガワのホテルに呼ばれて、イノキと3人で話をしたことがあった。ただ、その時は私によくしてくれていたヨシハラコクサイとの契約があるからと言って、私はハッキリと断った。

もし、新日旗揚げシリーズにロビンソンが参加していたら、確実に猪木×ロビンソン戦が実現していたでしょうね。

その猪木×ロビンソン戦は約4年後に実現するわけですが、その試合についてもロビンソンは書いています。バーン・ガニアを通じて新日本からオファーがあり、ガニアは猪木と対戦することを勧めたという。

ビル・ロビンソン自伝「人間風車」より     
1975年12月11日、イノキとの初対決が行われた。その試合は彼の保持するNWF世界ヘビー級タイトルマッチになった。試合の数日前からイノキの「ロビンソンに勝ちたい!負けたくない!!」という気迫は十二分に私へ伝わってきていた。しかし、私だって同じ気持ちだ。いや、それ以上に私にとっては負けたくない事情があった。それは・・・・・、イノキの後ろにゴッチがいたからだ。ゴッチがコーチしたともいわれるイノキに負けるわけにはいかない。ゴッチがいなければ試合はまた違ったものになっていたかもしれない。ゴングが鳴った・・・・・。やはりイノキはゴッチが言うように、それ以前に闘ったジャパンのレスラーとはまったく違っていた。私がその後に闘ったジャパンのレスラーを含めても、やはりナンバーワンだっただろう。私も久しぶりに燃えた。試合中、私はイノキに対して常に細心の注意を払い、イノキに隙を与えなかった。それはコクサイのジャパニーズ・レスラーや、その後にオールジャパンでやったババやツルタとの試合とは明らかに違う戦法だった。そういう意味ではあの一戦は、それ以前も以後も含めてジャパンにおける私の試合の中では、ある意味で特殊というか、ちょっと性質の違ったものかもしれない。
あの試合はフィニッシュに持ち込むまでの攻防が凄い。ロビンソンは猪木さんがやろうとすることをことごとく阻止した試合。当時、力道山家や全日本も相手にしていた猪木さんと比べると、試合だけに集中できたロビンソンがコンディション的に遥かに上だったのかもしれません。

昭和50年12月12日発行東スポより
東スポ75121205
試合直後の猪木さんのコメント     
「苦戦した原因は私を凄く研究していたこと。それに自分の技、試合運びを読まれたことだ。私のロビンソン研究が甘かったようだ。今までロビンソンを見たのは国際プロレスに出た時、テレビでの試合とハワイでバーン・ガニアと闘った時の試合だけだ。ところがロビンソンは私の試合をテレビでよく見ていたそうですね。このへんの作戦を間違えた。決着がつかなかったからにはもう一度やりたいし、ロビンソンからも再戦を申し入れてきたらしい。とにかくいい勉強になった。これを機会にまた飛躍、高い次元に目標をおきたい」

試合直後のロビンソンのコメント     
「どうだい、いい試合だっただろ。猪木というのは凄い奴だ。私はテクニックで勝ったという自信はあるが、猪木のガッツには脱帽する。猪木を研究していたので先手を取る事ができた。猪木ときょう闘ってこれからの最大のライバルだとわかった。これからも猪木と何回も闘うことになりそうだ」

しかし、これ以後闘う事はありませんでした。

最後に1996年に発行された「闘魂伝説の完全記録」の中のインタビューで猪木さんはロビンソン戦について解説しています。

猪木さんのコメント     
  −−ロビンソンの最大の特徴は、あの柔らかさだと感じたんですが。
猪木さん・・・「そうだね。テクニックはゴッチほどきめ細かくないんだけど、柔軟性では遥かに凌いでいたな」
  −−猪木さんのネックロックが強烈に極まっている場面で、ロビンソンが一瞬なんですが猪木さんの顔面に手をかけただけで技を外している場面があります。正統的テクニックの応酬が続く中で、ここだけが何か異質に感じたのですが・・・・・。これは顔面の急所を狙ったいわゆる裏技ですか?
猪木さん・・・「そういう観客が知らない気づかない、非常に細かい反則ギリギリのテクニックはあったんです。でも当時でもそういうテクニックを知っているレスラーは少なくなってきましたね。ドン・レオ・ジョナサンっていう凄いレスラーが昔いたんだけど、俺が闘った頃はもう全盛をちょっと過ぎた頃だったんだけど、まあとにかくデカくて柔らかくて力が物凄く強くて、『こんなのどっかからかかったってかなうわけない!』そんな感じでね。だからいつもあの人は自分の強さを過信していたんです。上に乗っかってさんざん相手をもて遊んで、最後はたぶらかすみたいな、そういう態度がプロとしての面白味のなさに繋がっていったんだと思うんだけど。それで俺がやったときにね、後ろから被さってきた時に、肘を急所にバーンッ!て入れたことがあったんだ。そしたらその一発で『これは何だ?』ってびっくりした顔してね、その瞬間に勝負が決まったみたいなことがあった。ロビンソンも大技だけじゃなくて、そういう細かい技を知っている数少ないレスラーの一人だった」
  −−技をかける時にも、自分の関節の柔らかさは影響するんですか?
猪木さん・・・「そうだね。あとはあんまり腕も足も太すぎないこととか。もう一つポイントを挙げれば、最近のレスラーは立ってる時の構えがノーガードですよね、昔のレスラーだと脇をしめて、脇のところの隙間をどれだけ小さくするかを意識してましたね。まあ、それが小さすぎても、グラウンドに入ったとき上から崩されちゃうんでバランスが非常に難しんだけど、最近の試合を見てると、それ以前に簡単に入らせちゃってる」
  −−簡単に入っちゃうし、入らせてしまう。
猪木さん・・・「アマレス系の選手も甘くなってますね。本当はそこがヘビのように相手に絡みついて、自分の体勢に持ち込んでスタミナを奪ったり、反対にディフェンスするにも重要なポイントなんです」
  −−何が原因でそれが変わってしまったんでしょうか?
猪木さん・・・「いや、もともとこの試合みたいなものの方が本来は異質だったんですよ、アメリカでも日本でも。とくに日本のプロレスは力道山が空手チョップでバン!バン!って格好良く相手をなぎ倒すところから始まってますから、俺がやってたような持久戦でじわじわ攻めていくっていうプロレスの方が、最初は変わってたんだと思いますね。ある意味でそういうプロレスをファンに提供して、教育していった部分もありましたよ。それでも最終的にファンがそれを受け入れなければ成立しなかったわけですが。それがいつの間にかそういう試合が消えてしまって、今のようなスタイルになってるんですが。大技もいいんだけど観客の派手さへの要求に無条件で応え始めたら際限がないし、それに一生懸命になってたら最後はサーカスですよ。何回宙返りした方が偉いとかね、そういうモノは、最初は観客もビックリするけどすぐに飽きられてしまうんです。本来観客が見たがっているのは闘いで、闘いの原点は強さですから!その強さの表現っていうのは、一つ一つの技の中に込めていくモノなんです」
猪木さんのプロレスに対する姿勢は一貫してますよね。これはIGFが伝えていかなければいけません。

ということで、猪木さんと伝説の試合をやってのけたロビンソンは今日で帰国。72歳という年齢からこれが最後の来日と言われているそうです。宮戸さんも「覚悟している」とか。そんなこと言わずにぜひまた呼んで欲しいですね。→最新情報/プロレス人気ランキング

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